電気の歴史に名を残す偉人の紹介[電気史偉人典] 電気史偉人典では電気の歴史に名を残す偉人たちを紹介しています

ボルタ (Volta, Alessandro Giuseppe)

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ボルタという人は

アレッサンドロ・ジュゼッペ・ボルタ アレッサンドロ・ジュゼッペ・
ボルタ

イタリア 1745~1827

メタンガスの発見

ボルタ電池の発明

電気学の始祖

アルプスの山麓、イタリアはコモで裕福なカトリック信者の家に生まれる。 イエズス会派の元修練士という父と信心深い母、9人の兄弟のうち5人が教会関係の仕事に就くという宗教色の強い家庭に育つが、ボルタは普通の生活を選んだ。 学んだ学問はラテン語やその他の語学といった文学関係が中心であり、科学への愛好心は自然に育ったようだ。コモ王立学院を卒業後、1764年に同大学の物理学教授に就任する。

ボルタの主な経歴

電気盆 電気盆

1775年、電気盆を考案し、これによりコモ大学に物理学教授として招かれる。 18世紀後半の静電気研究の焦点は、火花放電に達しない少量電荷を集めて測定することであった。 金属製のお盆に円盤状の樹脂をかぶせて樹脂の表面を摩擦する。 表面の摩擦電荷を手で触れることによって電荷をアースに逃がし、樹脂を金属盆からはがすと金属盆には陽電気だけが残った。 この作業を繰り返すことで起電機よりも簡単に電気を発生させることができた。 電気盆によってボルタの名声はイタリアを越えてヨーロッパ中に広がり、チューリヒの物理学会はボルタを会員に選出する。

1778年、コンデンサに関する論文を発表する。 電気盆は金属板(盆)と絶縁体の重ねあわせであったが、ここでは、金属板、絶縁体、金属板、と三重に重ね、下の金属板はアースし、上の金属板は絶縁のとってをつけた。 上板に電気を加えてから引き剥がすと、この上板に検電器が強く反応した。 これにより、引き剥がすという操作によって少量の電荷でも強い電気力が発生することを確認する。 ボルタはこれをコンデンサトーレと呼び、コンデンサという名はここから始まる。

電気盆とコンデンサを区別したのは、電気の強さが帯電体の容量に逆比例し、導体の容量はその面積の増減に対応するといった蓄電気の一般性質をすでにボルタが理解していたからであった。 残念ながら発表当初はあまり注目されず、これが評価されるようになるのはボルタがヨーロッパ旅行をして、ラヴォアジェやラプラスなど著名な学者と面識を得た1782年以降のこととなる。

1787年、ストロー検電器を発明する。

1793年、ガルバーニの動物電気説を否定する。 ガルバーニの論文発表当初のボルタは「これまで電気について知られていたことの何にもまさる大変な事柄で、正に大驚異というべきもの」と賛同していたが、 自ら追試した、2種類の金属を接触させて舌にのせると、ときには酸、ときにはアルカリのような特殊な感覚が生じるといった実験を試すうちに、 動物に電気があるわけではなく、動物は検電器の役目になっていただけであったことを確認する。 ガルバーニとの論争のなかで異種金属の接続点に電位差が発生することに気づき、ボルタ電池の発明へとつながっていく。

1794年、ロンドン王立協会からコプリ・メダルを授かり、ロンドン王立協会の外国人会員に選ばれる。 すこし前にはフランス科学アカデミーの通信会員にも選ばれている。

1800年、ついに蓄電池を発明する。世にいうボルタ電池である。 亜鉛の板に湿った厚紙をはさみ、これを直列に接続すると直列数に比例して効果が高まった。 ライデン瓶のように一回の放電で消耗しないことも確認された。 ロンドン王立協会の年報に”異種の導電物質の接触で発生する電気について”とういう論文が、フランス語30ページで掲載される。 イギリスの学会がフランス語の論文を掲載したのである。 ボルタ電池についてアラゴは次のようなことを言っている。 「…この電堆(電池のこと。ボルタは電堆:でんたいと呼んでいた)は、わずかの液体で隔てた異種の金属を積み重ねたものであるが、それが生み出す効果が極めて異常であることを思えば、これこそ人類発明史上最大の驚異である。」 全ての物理学者が喝采した大発見、大発明であった。


ナポレオン御前実験 ナポレオン御前実験

1801年、ナポレオンに招かれてパリでボルタ電池の公開実験を行い、ナポレオンよりメダルを授かる。 1804年にパビア大学の教授職を退きたいと願い出るのだがナポレオンはこれを認めず、今まで以上の名誉と報酬を授け伯爵位まで与える。 ボルタは20年前にオーストリア皇帝ヨーゼフ二世の保護をも受けており、今回のナポレオンといい、ボルタと戦乱は無縁であった。

アレッサンドロ・ジュゼッペ・ボルタ

1819年、74歳でパビア大学を引退し、1827年、故郷において82歳の生涯を終える。 ボルタ電池の発明により、ギルバート以来200年、ようやく動電気の幕があがりボルタは電気学の始祖と呼ばれるようになる。 電池により水の電気分解が発見され、電気化学技術もここから始まった。

ワットが開いた”蒸気機関の18世紀”に対し、 1800年のボルタ電池発明を皮切りに”電気と磁気の19世紀”と呼ばれるようになる。

激動の時代を無傷でくぐり抜け、誰彼を問わず時の権力者から厚遇をうけたが政治には関心がなく、研究に没頭し続ける生涯であった。

電圧の単位・ボルタ

現在ボルタの名は、電圧の単位ボルト[V]として、SI組立単位に残っている。

ボルタの実験

ボルタの実験

Last Update 2009/01/05

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